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天職って何?校閲ガールから学んだこと

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ある会社の専属ライターになって、1か月以上が経過しました。

お給料は・・・・

先月が26000円
今月は51000円の予定。近々振り込み予定です。

先月は履歴書を送付したり、契約書を交わしたりで、実際に仕事に取り掛かるまで半月ほどかかってしまったので、今月の約半分のお給料だったのは仕方ないのですが。

今月はしっかりとお仕事をした結果、得たお金が51000円。

ちょっと少ないですね~。

10万円くらい稼ぐ意気込みだったのですが、約半分です。

これは、多分単価に対して頑張りすぎている部分があるからかもしれません。

1文字1円の仕事なので、本当はある程度のところで、言葉は悪いかもしれないけれど「妥協して」「適当に」終わらせることも大切なんでしょうね。

こちらも生活がかかっているので、やはり単価に見合った仕事内容になるのは、仕方ないことです。

それで、適当にサクサクと書いてしまえば、もっと早いペースで記事を納品することが出来、早く納品すれば次の仕事を早くいただくことが出来ます。

そうやってペースを上げていけば、もっと高いお給料を目指すことはとても簡単です。




でも




月50000円でも、目標の100000円に満たなくても、なんだか以前より達成感があって、嬉しいんです。

それはたぶん、「誰でもいいから、誰か書いてください」と言われて仕事をこなすのではなく、

「このサイトに、この様な形で、あなたの書いた記事を載せたい」と言われたからなんだと思います。


私だから出来ること

私だからお願いしてくれたこと


それが、とても嬉しいんです。

例え給料が安くても、目標金額に達しなかったとしても


私が書くことで喜んでくれる人がいる

私が誰かの役に立っている


それが、とても嬉しいんです。


「お金をもらうためにやっている仕事」

というより、

「楽しいことをしたら、お金という付録がついてきた」

という感覚ですね。

だから、50000円でも、すごくお得感があるんです。


もしかしたら、私はやっと自分の居場所を見つけたのかもしれません。


今までは、仕事というのは、お金を稼ぐために仕方なくするものだと思っていました。

仕事に生きがいを感じたりすることも、その必要もないだろうと思っていました。

仕事というのは常に嫌なもので、それでも生きるために仕方なくみんな働いているんだと思っていました。

だから、どんな仕事に就いても、私は中途半端な気持ちで向き合っていたんです。


「嫌だな、めんどうくさいな、早く終わらないかな、お腹空いたな」なんて思いながら、早く時間が経過するのを待っていて。

仕事を始める瞬間が一番最悪な時で、仕事が終わった瞬間が最高にハッピーな時でした。


でも、今は違うんです。

早く仕事をしたくてウズウズしてしまいます。

全ての家事をひと段落させて、よし仕事するか、とパソコンの前に座る瞬間が、最高にハッピーな時間になっているんです。

そして、お願いされたことをお願いされたままこなすのでは無く、常に

「どう書こうか、どうしたら読者は読みやすいだろうか、その読者はどんな内容を求めてこのサイトを開いているんだろうか」

と、仕事を依頼してくれた会社の事ではなく、さらにその先にいる読者の目線を考えて書いています。


本当は、与えられたテーマに沿った内容を単純に書けば簡単だし、そこで終了しても会社からは何の文句も言われません。

例えば、美容記事で食べ物をパックとして使用する内容のものを求められたとしたら・・・

そのパックの使い方、効能、使用感などをまとめれば、依頼した会社はOKと言うでしょう。

でも、「なぜ、この読者は、このサイトへたどり着いたのか?」と考えると、もっと深い内容を書きたくなってしまうんです。

パックの使い方はわかるけれど、やってみるとうまくいかなかったのかもしれないし、私が思いつかないようなもっと細かい部分に疑問を持ったのかもしれません。

だから、パックの使い方一つでも、こういう方法がいいですよ、と提供するだけではなく、実際にやってみて、こうすると失敗した、こうするとここは良かったけれど、ここは悪かった、こうすると簡単だった、等、書いてあげれば、読者も「あ、やってみたい。簡単そう」と喜ぶんじゃないかな~?って思うんです。

それを読むことで、他のサイトでは解決できなかった疑問が解決出来るかもしれません。

さらに、いいことばかりじゃなく、「なんかこのパック臭いな」と思ったら、それも正直に書きたいんです。

でも「すごく臭い」だけじゃなくて、「好みはあるかもしれないけれど、これは○○に似たようなにおいで、私はあまり好きじゃない」とか、「鼻にツンと刺激があって私は嫌だったけれど、嗅いでいるうちに慣れてきた」など、わかりやすく書いておけば、それを見た誰かの役に立てることがあるかもしれません。

そうやって考えて書いていると、記事はどんどん長くなってきてしまうし、自分が納得するまで書き直していると、時間ばかりがかかってしまいます。

その結果、お給料が思うように伸びないのですが。

でも、納得いかないものをたくさん書いて、「こんなの誰が読むんだろう?」と思いながら提出してお金をたくさんもらうよりも、報酬は少なくても、「これは、きっと誰かの役に立てるはず」と納得して仕上がったものを提出したほうが、いいな~と思うんです。

それに、色々調べて書いていると、

ネット記事って嘘ばっかりだな~と思います。

あたかも自分が実際にやったような写真を載せて本当らしく記事を書いているけれど、私が同じ様に実際にやってみると、まるで違う結果になることがたくさんあるんです。

本当に驚いてしまいます。

多分、ひとつのウソの記事を誰かが真似して同じようなことを書いて、今度はまた別の誰かがそのふたつの記事を見て、「二つとも同じこと書いてるから本当なんだ」と思って検証などせずに真似して書いて、どんどん広がっていってるからなんでしょうね。

ウソの記事でも、10のサイトで同じことが書いてあると、なんだか本当のことのように思えてしまいますしね。

でも、本当かウソかわからない物を真似して同じような記事を作ったところで、それこそ


誰が喜ぶんでしょう?


自分の懐に入るお金は増えるかもしれないけれど、それは一時的なもので、適当な記事を書いているということがバレれば、依頼してもらえなくなるかもしれません。そしたら、以前の私と同じように突然報酬ゼロとなってしまいます。

会社も、嘘の記事を自分のサイトに載せるメリットなんて一つもありません。

読者も「なんだ、やってみたけど、ウソじゃん」と思えば、がっかりしてしまいます。


みんながハッピーになるためには、「本当のことだけを書いている記事」にしなければいけないんだと思うんです。

だから私は、もちろん他のサイトも参考にはしますが、そのまま書くのではなく、実際にやってみて、本当かどうか確認して、本当だと思ったことだけを記事にするんです。

時間はかかるけれど、そういう記事を少しでも増やしていけば、それを真似して書いた方がいたとしても、結果的にネット上の記事が本当のことばかりになってくれるんじゃないかなと・・・。

難しいかもしれないけれど、ネット記事を信頼できる世の中にしていきたいな~と思います。

少なくとも、自分が関わっているサイトの記事だけは、事実だけを載せていきたいです。



「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」というドラマを見ているんですが、これを見ていると、なんだか自分の今の仕事と重なるんですよね。

編集部で仕事をしたかった主人公・河野悦子は、なぜか、校閲部に配属されてしまい、作家さんの文章を校閲するという地味な仕事をする羽目になってしまう物語なのですが。


※校閲・・・文書や原稿などの誤りや不備な点を調べ、検討し、訂正したり校正したりすること。


今の私は、ネット上に出回っている記事を校閲する仕事のような気がするんです。

「他のサイトに目を通して、一つ一つ検証し、事実確認が取れたものだけを文章にする」

校閲っぽいですよね。

それでいて、私も、編集部に行きたかった河野悦子と同じように、ネット記事の校閲がしたかったわけじゃありません。

ただ文章を書くのが好きで、趣味で携帯小説を書いていて、自分の書いた本が世に出回ったら素敵だな~と思ったことはあったけれど。

「私の夢は校閲です!」なんて言ったことも、思ったことも有りません。




でも、天職ってそんなものなのかもしれませんね。

自分が思い描いている職業が、必ずしも自分を幸せにするものではないのかもしれません。

それよりも、あちこち寄り道しながら、色々なことに挑戦して、何となくたどり着いた場所で、

「あれ?なぜか自分の力が発揮できる。周りも評価してくれる。意外に楽しい」

と感じて

「あ~これが天職だったのかもな~」

って、気づかせてもらえるものなのかもしれません。



そして、天職にたどり着くまでに通ってきた道のりを振り返ると、

あ~なんかひとつずつが、全て必要なことだったのかもって思うのかも。



私の場合は、小学校で、とにかくいろいろな文章を書かせる嫌な先生に出会ったのが始まり。

このおかげで文章力が身につきました。

そして、作文コンクールで佳作をとり

高校生では担任が現国の先生で、本を読まされたり読書感想文を書かされたりしました。

結婚してからは育児日記の延長上でそのまま日記をつけるのが習慣になったり

そして、携帯小説と出会い、

そこで知り合った人にランサーズというものを教えてもらい

ランサーズで仕事をして、

その流れで依頼をもらえるようになり、

文章を書いてお金をもらうことが楽しくなり

突然依頼を切られて初めて「依頼されて文章を書くとはどういうことなのか」と本気で考えるようになり

今回大きな仕事を任されて、

校閲っぽい仕事に本気で向き合えている・・・。



もしかしたら、色々な試練を乗り越えてきたのも、全てこの仕事にたどり着くためだったのかもな~なんて思ったりします。

だからと言って、ここがゴールかどうかはわかりません。

もしかしたら、この校閲も、その先につながる天職に向かうための、一つの試練かもしれません。



そう考えると、人生って無駄なことは一つもないんだな~って思います。

また、明日、新たな依頼が来る予定なので、頑張ろう!




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